東京高等裁判所 昭和56年(行ケ)250号 判決
一 請求の原因1ないし3の事実については、当事者間に争いがない。
二 そこで、審決を取消すべき事由の存否について判断する。
1 まず、原告は、みその防湧法として、引用例一におけるソルビン酸に代えてエタノールを使用し、「エタノール添加と加熱処理とを併用する」技術とすることは容易に想到しうるものではないと主張するので、この点から検討する。
(一) 成立に争いのない甲第三号証の二(引用例一)によれば、引用例一には、ソルビン酸によるみその防湧防かびに関して、みそをポリセロ小袋(ポリエチレン五〇μ、セロフアン三五〇<省略>、藤森工業株式会社製)に詰め真空シールしたものについての実験結果が示されており、みそ中の酵母数がソルビン酸の効力に影響を及ぼすことに関して、次の記載の存することが認められる。すなわち、「みそ中の酵母数のソルビン酸の効力に及ぼす影響は無視できない。No.13の白みそは、酵母数が106/g以上のため、非解離型ソルビン酸分子27mgの添加でも、防湧効果はえられなかつたが、加熱処理を実施したNo.14の白みそは、酵母数が103/g以下と極端に少なく、18mg/100g添加でも効果がみられた。したがつて、みそ中の酵母数が多い場合には、………著者らなどが報告するような加熱処理を適度に併用すれば、使用規準量のソルビン酸カリウム添加によつて“膨れ”を抑制することができると考えられる。」(八二七頁六行ないし一一行)、「酵母数が106/g以上のみそでは、27mg/100g添加でも、効果は不完全で、加熱処理の併用により酵母数を減らすよう考慮せねばならない。」(同頁二五行、二六行)。
(二) 更に、成立に争いのない甲第四号証の二(引用例二)によれば、引用例二は、「防湧を目的とした加熱(殺菌)冷却機の問題点について」と題する調査報告であるが、そこには、みその加熱処理及び加熱処理後の保存料の添加に関し、次の記載の存することが認められる。すなわち、「加熱処理は、前項で記したように、一般に八〇~九〇度Cで行われていても、処理後において二次的に混入する酵母があるため、これに原因する湧きを抑止する手段として、大部分の工場では各々の実情に即して、ソルビン酸の添加量を定めて使用し、製品みその防湧をはかつているという実情が、この調査から知られた。」(一〇頁左欄一一行ないし一六行)、「加熱温度は、調査結果にも示したように、どの工場でも八五度Cという高いレベルで実施されているのである。したがつて、温度の低い部分といえども六〇度Cを下ることはなく、少なくも一〇分間以上は六〇度C以上の温度を持続していると考えられる。このような条件では、酵母は完全に死滅しているはずであつて、このことは、われわれが行つた殺菌試験でも確認している。」(同頁右欄下から七行ないし一一頁左欄一行)、「他の、いま一つの視点は、防湧は加熱にのみ頼つてよいかどうかということである。この調査からも知られるように、加熱冷却機により、酵母が完全に殺菌されたと思われるにもかかわらず、出荷製品が依然として再醗酵するので、ソルビン酸の添加に頼らざるをえないという実情は余程考えなくてはなるまい。」(同頁左欄一二行ないし一七行)、「対策として無理のない賢明な方法は、ソルビン酸添加ということではなかろうか。酵母の二次的な混入があつても、ソルビン酸によつて増殖を阻止しておけば、みそのナマ物らしい新鮮さが保たれ、品質上からも望ましいと考えるからである。みその防湧は、加熱殺菌が確かに一つの決め手になるわけであるけれども、品質に考慮を払うという点から、加熱による効果とソルビン酸による効果の併用を、更に検討してみる必要があるのではなかろうか。」(同頁右欄一〇行ないし末行)
右のような引用例一及び引用例二の各記載内容からみても、みその防湧に関しては、ソルビン酸の添加のみによつても、加熱処理のみによつても、かなりの防湧効果が発揮されるが、更に、本願発明の出願前、完全な防湧を期待するときには、加熱処理とソルビン酸の添加が適度に併用されていたことが明らかである。
(三) 次に、成立に争いのない甲第五号証の二(引用例三)によれば、引用例三は、米赤みその保蔵についての報告であるが、そこには、エタノール(九五%)のもつみその防湧に対する効果について、「エタノール三%添加により、約二五日間の防湧が可能である。防湧可能なエタノールの添加範囲は、二%以上である。これで約一五日間の保蔵が効くようである。」(四二頁6)との記載があるほか、「ソルビン酸の方が保蔵効果が強いようであるが、食品添加物として、みそには許可がない。」(四三頁末行)との記載が認められる。
引用例三の右の記載からみても、エタノールがみその防湧作用を奏するものであり、しかも、食品添加物としてソルビン酸より望ましいとされていることは、明らかである。
(四) ところで、一般に、単独では所期の作用効果を得ることができない処理手段が二つ以上存在する場合であつて、しかも、それらの処理手段が技術的にも互いに併用可能であると考えられる場合においては、それぞれ単独の処理手段では得ることのできなかつたより高い効果を期待して、それぞれの処理手段を併用してみることは、当業者が随時試みるところである。このことは、引用例一及び引用例二の記載でも明らかなように、ソルビン酸の添加のみあるいは加熱処理のみでは防湧効果が満足できない場合には、それらの併用が当然のこととして行われていることからも肯認されるところである。
そうすると、前叙のとおりエタノールの添加によるみその防湧及び加熱処理によるみその防湧の技術が、引用例一ないし引用例三に明確に記載されていることからして、それら単独による防湧効果が不充分であると考えるならば、それらの併用を実施してみることは、当業者が当然に考えつくことであり、この点に格別の困難性があるとは認められない。
したがつて、ソルビン酸、エタノール及び加熱処理の間に防湧効果の点で差があるとしても、本願発明のように、エタノール添加と加熱処理を併用することは、審決の判断するとおり、引用例三及び引用例一の記載から、当業者が容易に想到できる程度のことというべきである。
引用例一の技術をエタノール添加と加熱処理併用の技術に転用することが困難であるとする原告の主張は肯認できない。
2 次に、原告は、エタノール添加と加熱処理とを併用した本願発明によつて三か月以上の実用的防湧効果が達成されたのであるから、本願発明は、当業者の予測しえないところの格別の効果を奏するものであると主張する。
しかしながら、引用例二には、加熱処理によつてみその中の酵母は完全に死滅すること及び加熱処理後に混入する酵母に起因する湧きを抑止する手段としてソルビン酸を添加することが記載されていることはすでに認定したとおりであり、また、加熱処理の後に二次的に混入する酵母の数は当初から含まれている酵母の数に比してかなり少ないものと考えられるから、エタノール単用では防湧効果が充分ではないとしても、それを加熱処理と併用した場合には、二次的に混入する酵母に起因する湧きに対しては、実用的に充分な防湧効果が発揮されるであろうことは、充分に予測できることである。したがつて、本願発明において三か月以上の防湧効果が達成されたとしても、それが予測の範囲を超えるものとみることはできない。しかも、本願発明におけるエタノールの添加量及び加熱処理による防湧効果が、引用例一及び引用例二に記載されたソルビン酸添加と加熱処理との併用による防湧効果に比して、特段に優れたものであることを認めるに足りる証拠はなく、かえつて、原告の自認するところによつても、同等の防湧効果のものの存することが認められるから、本願発明の奏する効果が格別顕著なものともみることはできない。
この点の原告の主張は採用できない。
3 以上のとおりであるから、原告主張の取消事由は、結局いずれも理由がなく、審決には原告主張のような違法はない。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却することとする。
〔編註〕本願発明に関する事項は左のとおりである。
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和四五年八月一四日、名称を「みその処理方法」とする発明(以下、「本願発明」という。)について 特許出願(昭和四五年特許願第七一三〇三号)したが、昭和五一年一月二八日拒絶査定を受けたので、同年三月二 九日審判を請求し、昭和五一年審判第二九九三号事件として審理され、昭和五五年八月二九日に出願公告(特公昭五五―三三二九九号)されたが、訴外大久保俊夫から特許異議の申立がされ、昭和五六年八月一八日、右異議申立の理由があるものとする決定とともに、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決がされ、その謄本は同年九月九日原告に送達された。
2 本願発明の要旨
防腐剤添加と加熱処理との併用による包装されたみそのふくれ防止のためのみその処理方法において、該防腐剤が五〇~九九重量%のエタノールの〇・五~五・〇重量%の添加量であることを特徴とする方法。